NY赴任に当たって、一番楽しみにしていた事の一つが遂に実現した!そうNYには東京とは比べ物にならないほど大きなクオンツ・ソサエティが存在し、常時面白いイベントを開催すると共に皆ネットワーキングをしているので是非僕も参加したいと思っていたのです。その一つがコロンビア大学のThe Fu Foundation School of Engineering and Applied Science(どこかで聞いたような名前ですね?!)の金融工学講座が主催しているFE Practitioners Seminarです。有名なDermanが主に仕切っているようで、今シーズンはこれまた有名なヘッジファンドBlack Rockのオフィスを借りて開催されています。
そして第一回目が驚く事なかれあのHJMモデルのJarrow先生の講演でした。もう8年前になってしまうけれど、初めて金利デリバティブのモデルを作るときに繰り返し読んだのが、HJMの論文だったんだよね。なんだかこの8年間の出来事を思い出して感慨深かったものの、その語り口に手応えを感じてちょっと嬉しかったり。論文を読んでいるだけだと非常に抽象的でまさしく数学的な論文なのだけれど、一流の数学者がそうであるように、Jarrow先生も直感と理論の意味づけと、その応用に非常に心を砕いて説明してくれていた。そして抜群のウィット。やっぱりこうでなくっちゃね。
ところで肝心の内容はというと、最近なにかと話題の『バブル』についてです。『バブル』発生のメカニズムについては、レジームスウィッチングの考え方を使ってモデルを作っていく手法がこれまで大勢を占めていたわけだけれど、今回のJarrow先生の理論はFinanceで使われる手法に軸足を置いている点で異なります。詳しくは論文*に譲るとして、ポイントは次の4点:
- 完備市場であっても、非完備市場であっても所謂『バブル』は発生し得て、価格上昇をもたらす。
- リターンの上限があらかじめ決まっている債券型の資産では、理論上『バブル』は発生し得ない。
- 『バブル』には必ず有限時間内での寿命が存在し、その効果は消滅する。
- 非完備市場では、何度も『バブル』が発生し得て、その発生時期は市場がリスク調整を行うタイミングと一致する。
- デリバティブ市場の価格形成情報から、『バブル』そのものについての情報を抽出できる。
まず注目すべきは債券型の資産(fixed income products)については、理論上『バブル』が発生し得ないということ。つまり、このタイプの資産価格はバブルに見えても実はバブルではなく、あくまで正常な価格形成の結果であるということで、一方的な価格下落は生じ得ない。これにはかなり驚いた!もちろんあくまで理論上の話なので、直ちにそれが市場に適用できるとは思わないもののこれだけ一般化された枠組みの中でこうした結論が得られるのにはやはり意味があるように感じる。まぁこの時に知り合ったCDOトレーダーはあんなのアカデミックな世界だけの話で、CDOマーケットは完全にバブってるよって言ってましたが(;´Д`)
次に注目すべきは『バブル』の発生と破裂についてのメカニズムがすっきり説明できるということ。『バブル』は市場がリスク調整を行う時(まさしく今!!)に発生し、その後必ず有限時間内に破裂する。数学的に言えば、『バブル』は同値マルチンゲール測度の交換時に発生し、0に各点収束する優マルチンゲールとして記述できる。経済的に言えば、よく知られているように『バブル』は資産価格の急上昇をもたらした後崩壊し、資産価格の急落をもって終焉する場合ももちろんあるものの、平均してみるとあたかも負の配当を資産価格から支払い続けるような効果をもたらす。
そして最後に注目すべき点は、デリバティブ市場の価格形成情報を使って『バブル』を観測できる可能性が示されたこと。具体的にはプット・コールパリティが成立する中で、コール価格にのみバブルが潜みうることを利用しようというもの(プットはリターンの上限が決まっているので、その価格はバブルに成り得ない)。これは正直凄い!もしかしたら将来はバブルのプライシングも夢ではないかもしれん。Jarrow先生がIn this context, there are lots of fun in derivative pricing!と言っていたのも納得できる。
簡単な応用として、不動産バブルについて考えてみよう。まず、不動産価格にはバブルが潜み得る。これは、少しの確率であっても不動産価格が青天井で上昇していくようなシナリオを描ければ良い。まさしく80年代の日本市場の姿であり、ここ最近の米国住宅市場であったわけですな。この場合にはリターンに上限がないので、上記理論によってバブルが潜み得ることになるド━(゜Д゜)━ン!!一方で、この期待(確率)が脆くも崩れ去るとたちまち不動産価格に上限が設定されてしまうので、一気にバブルが破裂することになる。例えば日本の場合には、総量規制で不動産向け融資を絞られてしまった結果、それまでの不動産価格の青天井シナリオの確率が減少すると共に、収益還元法の出現によってfixed income assetとしての性格が強調されるようになりバブルが一気に破裂したと理解できる。今後の研究としては、青天井である確率とバブルの大きさの関係なんかが解明されると面白いんだろうな。たぶん正の相関がある筈。
まだまだ実践的な理論にはなっていないものの、今後の発展が期待されますね(^ω^)
*R. Jarrow, P.Protter and K.Shimbo (2007), "Asset Price Bubbles in Incomplete Markets"