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日曜日, 11月 07, 2010

2010 夏の京都

もうだいぶ前になってしまったけれど、忘れないうちにメモメモφ(..)。さて、奥さんを東京まで送り届けるという最重要ミッションを無事果たした8月16日、一人で京都へ小旅行に行ってきました。今回の旅の目的は2つ:

  • 学生時代からの親友の出版祝い
  • 久方ぶりに大文字山に登る

一つ目の目的は云わずもがな、めでたいことは早く祝わなあかんということで、さっそく二人で寿司をつまみながら乾杯。その後、友達の彼女も合流して学生時代から行きつけの焼き鳥屋で柚子酒を飲みまくり。ちょっと喋りすぎ、かつ飲みすぎてしまったものの、次の日は朝から二つ目の目的を果たすため、一路銀閣寺へ。大文字山に登るのは学生の時以来だから、約10年ぶり。学生の頃は、法然院町に住んでいたこともあってよく登っていたけれど、京都を出てからは今回が初めて。夏の山道で、すれ違う度に交わす挨拶がなんとも心地よい。大の字の中心からみた景色と、あのパッと視界が拓ける様は、何者にも代え難い。雲の間から洩れる光の筋の有難さに、身震いする。

何故に山に登るのか、考えてみた。冒険というと大げさだけれど、結局人の好奇心を満たすものは、知的であれ、肉体的であれ、冒険以外には思い付かない。地平線を目指すのも良い。一方で、その一点のみで高みを目指すのもまた良い。小さい山、というか丘(?!)、に今回また登ってみて、切にそう感じた。



日曜日, 5月 03, 2009

April Showers Bring May Flowers

決算発表、まぁまぁでしたね。週末は暖かくなってきたので、ドライブに出かけてvineyardで寛いだりしてました。緑がまぶしすぎです。"April Showers bring May flowers"とは良く言ったもの。ただ、まだ風が肌寒いので、風避け(プラスチックの透明なカーテン?)があるのがご愛敬といったところ。ところで、ワイン作り屋さんのプロ仕様の葡萄ジュースはやはり美味しいです。市販されているジュースとは似ても似つきません。これだけ美味しければ、ワインが美味しくなるのも納得ですな。

一方、街道沿いの骨董品店がことごとくセールをしていたり、お店がなくなっていたりする印象があり、少し気になりました。相変わらずロブスターや生clamは最高に美味しかったし町並みもキレイなのだけれど、さすがにhamptonsにも不況の波が押し寄せてきているようです。この国は景気の影響が直接いたるところに現れるようで、ほんと節操ないですね。

その他、最近気になった点を幾つか備忘録的に列挙しておきます:

1) Europe系のquantsはやはりアプローチが全く違いますね。DupireやBergomiの話を聞いていると、面白いけれどなんともいえない距離感を感じてしまいます。この点については、後で掘り下げて考えてみたいと思います。
2) なんで日本はこんなに国民の休日が多いんだろう...
3) NY系のブログを見ていると、去年あたりから西海岸へ移っていっている人達が目につきます。なのに、NYへ頻繁に訪れている....何故か日本人は米国の中でも特にNYがお気に入りのようです。以前、同僚に聞かれて答えに窮したのですが、なんで日本人はボストンやサンフランシスコではなくNYが好きなんでしょうか。謎です。僕は子供の頃の影響もあり、カリフォルニアが今でも大好きです。
4) アメリカ生活を綴っていたブログの書き手が日本に戻った後も何かとアメリカを話題にする件について。アメリカにいた間はたまに東京に帰ると、"日本食は最高でやっぱり安心する"とか書込しているのに、日本に帰った途端に日本食には目もくれず、持ち帰ったワインやアメリカ出張の事ばかりの書き込みになるのは、結局アメリカが好きで、日本にいる友人に気を使っていただけということなのかな。
5) NYの地下鉄は記号で呼ぶものであって、色で呼んでいる日本人がいたら気を付けろ。例えば、A trainを赤色の電車とか呼んでる人。
6) キャリア官僚の方と話していても、決して自分の省庁の事を"うちの会社"とは呼ばないのだけれど、日銀の方と話していると"うちの会社"と呼ぶ人が多い件について。日銀ってそもそも会社なんだったっけ? ま、一応株も上場してるしってことなのかな。
7) Swine Flu、めちゃめちゃ怖いっス。特に若者の間で流行しているとか。そしてふと自分がまだ若者に分類できるのか判断しかねる瞬間が、更に怖い。
8) 投資も仕事も所詮山あり谷ありなのは、皆が認めるところ。でも、いざ自分に降り懸かってみるとなかなか対応が人によって分かれるので、面白い。ここで、名言:「人間の器量というのは二つの点を見れば大半わかる。一つはその人物の絶頂期の振舞い。もう一つは最低期の振舞いがどうであったを見ることだ」(松平慶民)
9) 最近は人生始まって以来、3回目の絶頂期なのかなと思う。初めてこうした感覚に捕らわれたのは、大学院で研究を始めた頃。2回目は銀行で仕事も寮も面白くて仕方なかった頃。大体5年に1回のペースですな。そして、経験則によるとその数年後には思いもよらなかった大きな変化が訪れている...さて、今回はどんな帰結が待ち受けていることやら。楽しみ。

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そこに気になることがあるということは、何らかの歪みがあるということ。そしてその歪みは何時か解消される。それが市場の掟です。

土曜日, 10月 04, 2008

Sep 08

ようやく魔の9月が終りました。Labor dayの週末をHamptonsで過ごした後、心機一転また年末まで頑張ろう!と思った矢先の大混乱。もうマーケットも何もかもがChaosでした。とりあえず、なんとか生き延びているものの、今後の展開は予断を許しません。このブログもだいぶ更新頻度が落ちてしまってます。100年に一度の業態転換の真っ只中にいるので、下手なことを書くわけにはいきませんしね。とりあえず、マーケットの抱える問題点と雑感を幾つか。

1.信用とは一体何だろうか。

まだ取り上げてないのですが、今年の年初から事あるごとにLIBOR問題が取り上げられてます。米系の商業銀行が嘘のレートを提示しているのではないかと。Lehmanも最後は誰にも信用してもらえず、跡形も無く崩れ落ちてしまいました。十分な審査もせずに実行されたローンは誰からも見向きもされなくなってしまって、政府が買い取るという最後のカードをきることに。金融業界に入ってからもうすぐ十年目。日本、米国で未曾有の金融危機を経験して思うのは、it's a fragile industry that we are living inということ。

2.モデルの限界点

いままでいろいろとモデルを作ってきて、自分で言うのもなんだけれど、かなり役に立っていると思う。でも、今回ばかりはモデルの限界点を目の当たりにしてしまった。予想外の事態が連続して起きることでどこまでがモデルの前提に含まれていているとしてよいのか線引きしずらいし、まったく想定の範囲外ではモデルはもはやマーケットに信用されないという意味で、意味をなさなくなってしまう。

3.金融の複雑化とフラット化

金融業界内でも複雑なスキームや商品は満足に理解されなくなってしまっている。こうした複雑化はそれはもちろん業界外の人達に不信感を抱かせる要因の一つとなるし、フラット化を通じてその影響は全世界へ拡がることに。人々の生活を容易にしたり、夢を実現するためにファイナンスを付けるのに必要な進化だったと今でも思うものの、その制御に有効な手立ては結局未解決の大問題として残ってしまった。さてはてどうしたものか。

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ここ一ヶ月、かなり疲れたので今日は急遽息抜きにワシントンD.C.に来てます。週末のD.C.はのどかなもので、ワシントン記念塔をバックに公園でリスを眺めてリラックス。来週も頑張りましょう!

火曜日, 8月 05, 2008

From Moscow

仕事がめちゃめちゃ忙しく&楽しくてブログを書いている暇がなかったのだけれど、そのままの勢いで夏休みに突入してしまいました!というわけで、今はモスクワにいます。クレムリン凄すぎ。

火曜日, 1月 01, 2008

乱

皆さん、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。今年のキーワードはよく云われているように、やはり『乱』でしょう。米国景気の後退、原油相場・BRICsの動向、大統領選・参議院選、北京オリンピックとイベントは目白押し。社内の大きなプロジェクトも本格的に動き出すとあって、今年も忙しくなりそう。昨年からの目標を維持しつつ頑張らねば。毎年恒例のジルベスター・コンサートに行って、初日の出を見て、鎌倉八幡宮で大吉を引いてと上々の滑り出し。やはり休暇をとって一時帰国したのは正解だった。

土曜日, 10月 06, 2007

Lake Placid (Amtrackの旅)

忘れてしまわないうちに、夏休みを利用して行ったLake Placidについて書いておこう。何せ一年ぶりの長期休暇なので、マンハッタンを出てみることにした。今回のテーマは、『アメリカ版伊豆・箱根を探せ!!』。何を隠そう自他共に認める温泉好き・田舎好きの私は29歳になるまで自ら海外旅行に出かけたことはなく、20代最後の冬に奥さんとNYへ旅行に 行ったのと新婚旅行を除けば実は全ての休暇を国内しかもほぼ伊豆・箱根で過ごしている大の伊豆・箱根ファンである。なので、ニューヨークへ来てからも伊豆・箱根を疑似体験できるところがないとストレスが溜まってしまってしょうがない。というわけで、奥さんからの冷たい視線を感じつつも必死になって探した結果、 なんとすぐ近くニューヨーク州北部にHudson Valley(箱根)とAdirondack(伊豆)を発見した \(^∀^)/ うーんこれは実に素晴らしい。何せよくみるとどちらも山に囲まれた国立公園になっているのと同時に湖(芦名湖?一碧湖??)が点在しているので、まさしく 伊豆・箱根の雰囲気にぴったり。しかも、SPA(温泉)を売りにしているホテルが結構多い(有名なのはAdirondack Parkの入り口にあるSaratoga Spring)。

そこで、今回は天城をイメージしてAdirondack国立公園の真ん中あたりにあるLake Placidを試してみた⊂二二二( ^ω^)二⊃ ブーン、、と簡単に書いたもののかなり遠くて片道5-6時間の電車の旅をする羽目に。さすがにアメリカはスケールがデカイ(;´Д`) ただ実際到着してみるとこれがまたかなり綺麗めの純白人仕様の湖畔の避暑地であることが判明(何せ3日間の滞在中にみたアジア人はわずかにカップル3組に止まってしまったわけで)。何はともあれ奥さんも満足げで良しと。

そして今回は遂にコースデビュー━━━━(゜∀゜)━━━━!!!! これまで打ちっぱなしには何度か行ったことがあったもののコースは初めてだー。9ホールではあったものの、抜けるような快晴と山の緑に囲まれてのゴルフはかなり楽しくてしばし二人で熱中。今度は冬にスノボに行きたいな。

ところで今更ではあるものの、最近国家間の情報戦に興味があるので「国家の罠」(佐藤 優)を読んでみた。何せ電車に片道6時間近く乗っているので本を読むしかない(´ー`)y-~~それにしてもこの本は勉強になった。対ロシア戦略および北方領土の日本側からの解釈・位置づけ、そして最近また話題になっている所謂国策捜査について平易に解説されているので日頃の勉強不足を補うことができた。肝心の情報戦については非常に為になる教訓が一つ:情報屋の世界では信用が第一であって、これを裏切った者は二度とその世界に再び受け入れられない、ということ。この線を守ることが、著者をして1年以上に及ぶ拘置所生活を決断させる一つの理由になったとある。金融で言うところの"My word is my bond"に通じる約束なのかなと感じた。或いは、リスクの伴う中でスピード感のある活動を支えるのはどの世界でも信頼できる仲間である、のであろう。

水曜日, 11月 15, 2006

しまなみ街道横断紀行 4

四日目は大三島からいよいよ尾道へ。実はこの旅で、一番に綺麗だったのは大三島から因島に掛けてであった。なだらかな斜面沿いにミカン畑が広がり、海の景色も抜群。ミカンを食べた後、波止場で大の字になってしばらく昼寝をしたり。サイクリングをしている人達も比較的多くて、気持ちが和らでいく。

ところで当初は、瀬戸内の島だからさぞかし田舎暮らしなのだろうと失礼なことを考えていたものの、セメント・造船・漁業(蛸、ヒラメ)・農業(ミカン、他の果物)と産業がかなり充実しているので逆にこの地域の人達はもしかしたら裕福なのではないかと思えてきた。実際、持ち家は大きいし町並みも整然としていて陰湿なところは全く感じられない。しかも、これらの工場は名前を見る限り所謂大手メーカーの支社ではなく、あくまで地元の企業のようである。「地方格差」の検証が今回の旅の目標のひとつであった筈なのに、選択をミスってしまったか!と焦っていたところ、向島に入った辺りから状況が一変してきた。後でわかったことなのだが、向島から広島県なのだ。県の財政力の違いなのか、港も道路も正直その手前の因島とはかなり違う印象に。。パチンコ店まであるし。僕の問題意識は首都圏と地方という枠組みでの地方格差の検証であったわけだけれども、もしかしたら、昨年あたりから話題になっている地方格差は地方(愛媛)と地方(広島)との間にも存在している格差なのかもしれない。いわゆる産業のある地域とそうでない地域。この感覚は尾道に着いてからなんだか確信めいたものに変わった。もちろん、局所的な議論ではあるものの、尾道の商店街は典型的なシャッター街であったし、広島県で2番目に大きな福山まで足を伸ばしてみてもやはり状況が変わっていなかったのを考えるとあながち僕の感覚も間違ってはいなかったのではないかと思えてくる。

この日は朝と夜の景色のあまりの違いにショックを受けつつ、福山のビジネスホテルへ投宿。夕飯はマクドナルドで済ませつつ、沈鬱な気分になってしまったのだが、疲れが溜まっていて直ぐに記憶がなくなってしまった。

水曜日, 11月 08, 2006

しまなみ街道横断紀行 3

さて、今治からいよいよ本格的なしまなみ街道入りである。地図に示した通り、6つの大小の島々を317号線づたいに尾道まで自転車で駆け抜ける。。筈だったのだれけれど、実は自転車は高速道路を走れないため橋を渡ったらいちいち下道に降りてから海岸線をぐるっと回ってまた橋まで登らなくてはならない羽目に。この島々は全て中心部が山になっているので、どうしても海岸線づたいになってしまう。結局、直線距離で凡そ45kmの行程の筈が67.5km近くになってしまった(~ pi/2 = 1.5倍)。

瀬戸内といえば、明石の辺りの渦潮はもちろん有名だけれど、実は今治から大島、大三島にかけてもかなりの渦が巻いていて橋の上から眺めていると、船舶の往来にかなり影響を与えてしまっているように見えた。或いは渦そのものではなくて、渦の形から海底の地形を逆算して十分な水深のある経路を選択していたのかしらん。今治から大三島にかけて蛸の干物・刺身が有名というのも納得。

更には、「伯方の塩」で有名な伯方島も発見。まさか商業用の塩を作っているわけではないのだろうが、浜辺沿い塩田があったのが印象的であった。全般的に長閑な風景が広がっていて、ミカンの初出荷が行われていたり。一方で、どの島にも「裏側(山?)」的なところがあって、そちらではセメント工場と造船場がまるで秘密基地のように配置されていた。たぶん戦前は軍事関連の施設であったのだろう。それにしても、こういった工場は本当に夕焼けによく映える。蜩の声を聞きながら夕焼けをバックに工場を見ていると自分もいっぱしの造船マンになった気分がしてくるから不思議だ。

この日の夜は大三島の中間辺りにあった旅館へ投宿。家族経営のようで、皆優しい。バックパッカーも珍しくないらしく、「お兄さんひとりなん?自転車は玄関ね」とか云われてとりあえずは風呂と洗濯機(?!)を借りて昼間の疲れと汚れを落とす。今思えばお遍路さんのドラマでみた光景そのまんまですな。

水曜日, 11月 01, 2006

しまなみ街道横断紀行 2

さて忘れないうちに松山から今治までの道中日記。およそ40kmの行程を国道沿いに走っていくわけだが、それぞれの町(あるいは市?)の特色が出ていて面白い。例えば仙台あたり、或いは滋賀県あたりをドライブしていてもこれ程町自体を宣伝いていただろうか。まずは風早の町。なんのことはない単に海沿いに広がる集落では風が強いということだが、そこらじゅうにこのフレーズ。道路交通看板にまで、風早にかけてスピード出しすぎ注意の文字が。さらにきくの町周辺では鬼瓦がそれぞれの棟梁らしき家の壁に展示され始める。ここでも、瓦の町、きくのの文字。実際には太平洋セメントのプラント等があり、こちらのほうが産業としては栄えていそうなものだが。ただこの瓦、有名らしくしまなみ街道沿いの島々でも立派なお屋敷になればなるほど四方の石垣にワシやら鷹の瓦が飾ってある。また、今治のお店にまで新年の干支をあしらった鬼瓦を縁起物として売りにきている。お店の主人が見せてくれたので間違いない。そして、タオルと造船の町、今治。

今治には夜7時過ぎになってようやく到着したため、昼間の様子を窺い知ることはできないものの、町時代は栄えている印象を受けた。大丸、サティーに商店街のお客を奪われてしまっているのが難点。繁華街、ホテルは申し分ないだろう。特に今治国際観光ホテルは大浴場、店員の対応、部屋の内装などどれをとっても京都のホテルに引けをとらない。

さて、では1日に40kmを自転車で初めて走破した感想は: こんなものか。遠くにうっすらと見ていた瀬戸大橋の袂まで実際に自分の足を使って到達してみると以外に近いことにきずく。風向きの影響もあったのだろうが、この感覚をとり戻したかったのだ。果てしなく遠く感じても目に見える限り、とどく。

水曜日, 10月 04, 2006

しまなみ街道横断紀行 1


1年半ぶりに取った長期休暇で四国に行ってきた。テーマは「一人旅、サバイバル、地方格差の検証」。その方法は、東京から飛行機で松山入りした後、自転車を現地調達し、地元の人々と街に触れながら尾道を目指すというもの。

まず驚いたのは、松山ひいては愛媛全体のゆとりある豊かさである。市内中央に高島屋・三越を抱えているにも関わらず中央商店街は2~3kmに渡って栄えており、終点近くからはスナック・バーを中心とする繁華街へと変化していく。そして商店街とは角度を変えて、駅前から大通りを経て松山城後、県庁、NTT西日本(旧制松山高校跡地)へとつながる一連のオフィス街。これらは弧を描いて最終地点で再び交わる。出発点には高島屋、伊予電鉄松山市駅、最終地点には全日空ホテル、東急イン、日本生命ビル、三越が配置されており、バランスがよい。

更には道後温泉が市街から市電で数十分、自転車で30分程度の場所に位置しており、首都圏に対する箱根温泉的な役割を果たしている。この温泉自体も万葉の頃から良く知られている湯のようで、聖徳太子なども来たらしい。建物自体も国の重要文化財に指定されているように、奥ゆかしい。どうやら宮崎駿監督の千と千尋の神隠しの温泉宿はこの建物をモデルにしているらしい。うーんこんなにうまくできあがった街は正直京都以来です。

p.s. ちなみに、添付写真はしまなみ街道の入り口から大橋と瀬戸内海を撮影したもの。次回以降で、松山後のエピソードをアップします。