土曜日, 11月 10, 2007

証券化商品の格付けについて考える

(これも9月に入稿したので、ちょっと話題が古いですね。すみません。)

最近物議を醸している証券化商品(CDO,RMBS等)の格付けについて取り上げてみたい。これはデフォルト確率の推定に関わるモデルの問題に関連していて、クオンツの立場から考えても興味深い。

まずは、Moody's president Brian Clarksonのぶっちゃけトークから引用してみよう:
" We're rating with the goal that if you purchased all triple-As, they would all perform the same. Now of course they don't. Some get downgraded, some get paid off. "But what we're doing is we're actually rating to a target. We're targeting everything to be money good at the end with very, very little variability at the triple-A level," he said. Inherent in structured finance, however, are rules that govern what can and cannot be done -- even moves to save deals that break down, whereas a company can sell assets or otherwise reduce debt to stave off problems. "There is little you can do once things start to go bad," Clarkson said. "Structured finance ratings tend to be more stable over a longer period of time than a fundamental rating. But when they actually move, they move much quicker." (NY Times)
要は、昨今の格付けの急激な変化を認めた上で、やんわり企業の場合に期待される自浄努力(収益が悪化すればそれなりにリストラを行って財務体質の改善を図る等)が証券化商品にはあり得ないことなどを挙げて、その責任をストラクチャーの硬直性に転嫁してしまおうとしている。しかし、さすがにこれには無理があろうというもの(#`Д´)。これではせっかく最新の金融技術を使って、追加コストを極力抑えながら経済全体のリスク許容度を最大限利用しようとする証券化商品の意義(言い方を換えれば、リスクを幅広く投資家へ移転することによって資金調達を容易にするスキームの意義)が無くなってしまう。

それに、今回の件は直接金融の信用創造を阻害してしまったという意味で、新しいタイプの信用収縮と言えそう。

では実際に何が問題であったのだろうか。そもそも証券化商品の格付けはbankruptcy remoteを保証するスキームやコミングリング・リスクの評価を終えてオリジネーターとサービサー絡みのリスクを分離した後は、対象資産プールの損失分布(or 償還の蓋然性)を推定することに集約される。もちろん格付け会社は細心の注意を払って損失分布を推定し、特に高格付けを付与する場合にはデフォルト確率(PD)にストレスを掛けて念には念を入れている。ただ、僕の見立てでは今回問題になったのはこうした損失分布を推定する際に使われる肝心のストレス倍率ではなかったのかと。。

最近の急激な格下げで注目を集めている中小企業のCBOオール・ジャパンを例にとって、軽く試算してみる。デフォルト確率としては、S&Pの中小企業クレジット・モデルによる予想貸倒率(年率0.8%)を仮定してみよう(ちなみに、これはS&Pが当該当CBOに予備格付けを付与した時点でのS&Pの「ベース・デフォルト率」の1.7倍程度 (source: FISCO))。仮に信頼区間を68%(1標準偏差)で計算すると必要となるストレスPD値および倍率は次のようになる:

Gaussian copula w/ asset correlation 15% => 2.169% (x2.77)
Gaussian copula w/ asset correlation 30% => 4.063% (x5.07)

Student-t copula w/ asset correlation 30% => 7.798% (x9.74)

これらの数字はS&Pが発表している「中小企業CLO・CBOの格付け手法 - 中小企業クレジット・モデルを活用した分析手法を中心に」に記されているAAA格付けに用いるストレス倍率(5-8倍)とちょうど同水準である。一方で、ボラティリティのボラティリティが15%だとして計算すると、信頼区間はちょうど75%(1.15標準偏差)となる。この数字を使ってもう一度同じ計算をしてみると:

Gaussian copula w/ asset correlation 15% => 2.637% (x3.29)
Gaussian copula w/ asset correlation 30% => 5.172% (x6.46)

Student-t copula w/ asset correlation 15% => 7.091% (x8.86)
Student-t copula w/ asset correlation 30% => 9.441% (x11.8)

となり、S&Pが仮定するストレス倍率を30%-50%上回る結果となってしまう。更には直近6ヶ月のデフォルト率(年率4.7%=ベースデフォルト率の10倍!!)も十分予測の範囲内に収まることがわかる。したがって、ストレス倍率 5-8倍はちょっと低いのではないかと思うわけで。そもそも、この数字の根拠も曖昧だし(誰か知っていたら教えて下さい!)。9/11時点での格付け変更がどの程度のストレス倍率を仮定しているのか発表されていないものの、上記程度のストレスは仮定しておいて欲しいもの(ちなみに、8/28の関連プレスリリースはこちら)。もちろんこれは日本の事例であって、欧米での基準がどうなっているかを精査する必要があるがストレス倍率の議論はもっとオープンになされていいのではないかと思う。

結局のところ、証券化商品にありがちな高格付け・ハイイールド商品のカラクリはこうしたボラティリティに関するコールオプションが格付け時にゼロ評価されてきた為に起こっていた裁定機会であった可能性が高い。もちろん本来あるはずのオプション価値はハイイールド或いは業者の手数料として相応に落ちている訳だから、投資家としても文句はいいづらいところではある。逆に現在は理論的な根拠が薄いままスイングが逆方向へ行き過ぎている可能性が高いので、絶好の買い場であろう(新しいストレス倍率の水準は要チェック)。一旦下げた後は格付けが上がっていくフェーズに入っていくのではないか。市場へのインプリケーションとしては、格付けとスプレッドが密接に関連している市場慣行上、格付け方法を丹念に調べていけばレラティブバリューの機会を捉えることができよう。もっとも最近の価格下落率を見ると、レラティブバリュー云々の議論をする気が失せてしまうのも十分納得できるわけで、反論は甘んじて受けましょう。

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