水曜日, 12月 30, 2009

行く年来る年 2009 (III. マーケット動向総括)

マーケット動向総括とはいっても、ご存知の通り今年は業務の忙しさは当然のこと、無い頭を振り絞っていろいろなアイディアを捻り出すのに夢中だったので、正直マーケットを追えてませんでした。とはいうものの、メイントピックは流動性とクレジットの動向だったわけなので、これらを表す代表的な指標を見ていきましょう:

1.LIBOR-OIS spread (Banks)

LIBOR rateとOIS rateとのspreadについてはいろいろな見方があるものの、結局のところ流動性とクレジットの組み合わせなんでしょうね。この記事にもあるように、米国は流動性(或いは銀行の資本制約)が原因であると見ていますが、欧州では銀行間のクレジットだと(最近こんなpaperも出てます)。いずれにしても、12/30付けでこのspreadはほぼ正常値である10bp程度に戻ってきています。

Date 1MO 3MO 6MO 12MO
12/31/2008 25 121 151 159
12/30/2009 9 8 21 50

去年の夏から始まったLIBORの決定方式についての議論も、今年の6月に発表された下記の変更だけでなんとなく幕引きにしてしまうのですかね。

Defining the L in BBA LIBOR

The independent Foreign Exchange and Money Markets Committee discuss the definition of BBA LIBOR each time they meet, to ensure the rates remain the best possible benchmark for these rapidly changing markets.

Currently, the notes that accompany the definition of BBA LIBOR state that: "Contributions [to the rate fixing process] must represent rates formed in London and not elsewhere"

At their recent meeting, Committee members felt that this could be further clarified as there could be different interpretations of what constitutes a rate "formed in London". In addition, there are many major participants in the London money markets that are either not physically located in London, or do not book trades in London.

Therefore, with immediate effect, this note accompanying the definition will read:

"Contributions must represent rates at which a bank would be offered funds in the London Money Market"

This clarification will not affect the way in which current contributors formulate their rate submissions. However, it may allow banks that participate in the London markets, whose eligibility for inclusion in the fixing was not previously clear, to apply to join the panels. This is in line with the commitment made last year as a part of the LIBOR consultation to allow expansion of the LIBOR panels, whilst ensuring that LIBOR remains a tightly defined measure of the cost of unsecured interbank funding each morning in the London Market.
ちなみに、TED spreadから見ても、インターバンク市場が正常化しているのが見て取れますね(source: Bloomberg)。









2. A2P2 spread (Non-financial)

さて、金融業以外では高格付け企業と低格付け企業とのクレジット格差が広がって大変なことになってましたが、それも下記のグラフにあるように正常化してきています(source: FRB)。









***********最後にちょっとだけ毒を吐いちゃいます******************

NHKの『マネー資本主義』。。こりゃ一体なんやねん。そもそも何故に如何にも異なる種類の資本主義がいくつも在るかのように報道すんだよ。

これもほんまいい加減にしろ → http://nymag.com/news/business/55687/

十年前に『マネー革命』を作ったのと同じ放送局とは思えん。。内容のあまりの劣化に愕然とする。どうしてこうなってしまったのか。。。あの頃、まだ大学院生だった自分が初めてQuants/Stratsの世界を知る機会になったのがあの番組とそれに続く書籍だった事実を鑑みると本当に哀しい。あの番組では確か最後に、『こうした金融の先端技術を支える人材が今は日本にはいないが、今後育成すべきであり、日本の金融業界はそれに挑戦していかねばならない』といったメッセージが発せられていたように思う。それが10年後にこの体たらく。当時の『マネー革命』がフィッシャーとマイロンのノーベル賞受賞とヘッジファンドの台頭に感化されてのやはり近視眼的な編成であったとしても、今回の『マネー資本主義』はあまりに近視眼的に過ぎる。裏を返せば、取材力の欠如であろう。そもそも、仲介業に過ぎない金融機関が自ら経済全般に影響を与えるような元凶となり得ないことくらい直感的に分かりそうなものだ。大きくなり過ぎたお金の流れを適切に裁ききれずに、その仲介システム自体が崩壊してしまったのが本質だろうに。だからこそ、その仲介役を復活させる為に、これまでになく流動性とクレジットが焦点になっているわけで(;´Д`)

愚痴に付き合って頂き、有難うございます。これ以上続けると自分が厭になるのでこの辺にしておきます。。

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それでは、皆さんHave a happy new year!!

日曜日, 12月 27, 2009

行く年来る年 2009 (II. キャリア:回顧と展望)

今年の行く年来る年の第2回は僕自身のキャリアについて。

A.何で今更キャリアプランなの??

まず、そもそもの大前提は僕自身が米国という外国で働いている外人だという事実。すなわち、働くためには査証(ビザ)が必要であり、かつそのビザは数年に一度の頻度で更新する必要がある。更に米国で働き始めるきっかけが社内の転勤であった為に、現地採用ではあるものの僕の場合には米国籍企業が海外から社員を本土に呼び寄せるときに使うL1ビザを交付されていた。家庭には仕事の話は一切持ち込まないことにしているので、うちの奥さんは当時全く気づかずにいたみたいだけれど、実はこのL1ビザに付帯している条項故に、去年の秋から春にかけては生きた心地がまるでしなかった。というのも、L1ビザは社内転勤にのみ交付されるので、その企業からレイオフされるとビザも自動的に失効してしまい国外退去となってしまうわけド━(゜Д゜)━ン!!もちろん、米国は何事に関してもrisk & rewardsの考え方が浸透しているので、このリスクをとった分だけGreen Cardを取得しやすいとかいったメリットはあるわけだけれど、金融危機の真っ只中でこのリスクをとるのはあまりに考えなしというもの。かつ、帰国費用はもちろん会社からは支給されず、がちんこ勝負の現地採用であるが故に日本の現法側に席があるわけでもなく、帰国しても職なし住むとこなしのまさしく電気グルーヴの『N.O.』の世界が現実に(;´Д`)さらにそんなリスクに怯えていると、追い討ちをかけるようにBloombergの雑誌版にあえなくメリルをクビになったL1ビザ保持者の悲哀話が載っているではないですかーヽ(`Д´)ノウワァァァン。インド系イギリス人の彼の家族は子供もいるのに、強制退去処分になってしまいロンドンに帰ることに。そんな父親の姿をみた子供達の心境は如何に。。。というわけで、その後このリスクをコントロールすべくいろいろと調べてみると、結局二通りの方法でしかこのリスクを主体的にはマネージできないことが判明したわけです:1)会社間の持ち運びが可能なH1ビザをとる、或いは2)永住権(Green Card)をとる。うーむぅ、こりゃまずいどうしたものかと悩んでいたのが去年の年末。結局、それもこれも僕がキャリアプランをきちんと描いていなかったばかりに、無意識にとってしまっていたあまりに大きなリスクだったわけで、こりゃいかんわなと考え始めたわけです。

とはいいつつも、自分でいうのも変だけれど、常に前向きで忘れっぽい僕は1月にはすっかりそんなことも忘れて奥さんと二人で楽しくスノボーに行く計画を立てていた。がなんと、その直前に件のdivision headが突然クビになってしまい、リストラの嵐と共に年が明けることにド━(゜Д゜)━ン!!動揺を隠せないままスキーリゾートで過ごしていると、どうやら緊急ミーティングが開かれるということでcall inしたりとバタバタしているうちに、division headからのメールが転送されてきた(こんな感じ↓):

I am little lost right now, but in time I'll find my way.
I am sure that none of you lost your way. Continue what you do.
Adapt to change. It is a source of opportunity for all of you.

もちろんこの前後にも彼らしい表現で、会社や仲間を振り返る文章が挿入されているわけだけど。これにはマイッタ。もう何にも考えずにがむしゃらに結果を出していくしかないでしょ!ってことで頑張れたわけ。こうした経緯が功を奏したどうかは定かではないけれど、結果今年はいろいろな人と共同研究する機会に恵まれて、本当に幸せだった。一方で、『キャリア』という言葉は一生忘れられない程の強烈な印象を僕の心に残すことになる。今回の金融危機では、大きな代償を払って、普段は決して学べない貴重な教訓をいろいろと学べたのだけれど、これもそのうちのひとつ。

B.今後のキャリアについての展望は??

さて、ここで今後のキャリアについての展望。まず、我ながら非常にユニークなキャリアを築いてこれたものだなというのが率直な感想。満足できるレベルにあるのではないかと思う。ただ、今後を考えるとA.で説明したように考え不足に過ぎる。というわけで、客観的に自分の置かれている立場を分析した後に、目標を立ててそれに必要な措置をとることにした。そこで得られた結論は、『次の不況までは、NYで頑張る』為に、とりあえずはビザをH1に切り替えつつGreen Cardの取得を目指すというもの。前提としては次の3点:
  1. この業界、人の出入りは原則『先入れ後出し法』に沿っている。すなわち、チームの立上げ段階で参画した者がそのビジネスのownerになってその後の resource(人材)を手当てする一方で、ビジネスが立ち行かなくなれば、後から入った余分なresourceを切り落としていく。
  2. 周りにまともな議論ができる人が常時大勢いるという、大学にいた頃と同じ今の環境が魅力的。初めて就職した時に、失敗したと思ったのがクオンツの特殊な仕事内容についてまともに議論できる人が周りにあまりに少なかったということ。結局、銀行の外に機会を求めざるを得なかった経緯があり、あんな思いは二度としたくない。
  3. 祖先から続く日本人だし、家も東京にあるので、もちろんいつかは日本に帰って仕事がしたい。
というわけでまず働く場所だけれど、2.から現在の環境は願ってもない状態。一方で、3.の理由から日本には帰りたい。日本に帰るなら、1.の観点からリストラ終了後のチームを作り始める所期段階で参画するのがベストであり、金融業界ではそれはまさしく不況の真っ只中が狙い目。とすると、今がまさしく不況の真っ只中なので、2.の観点で現在の環境に匹敵する環境を日本で見つけられれば、ベストだなと思った次第。ただ、この観点からさっそく各方面に連絡をして時間をかけて調べ始めてみると、不幸なことに僕から見える範囲では1.と2.を同時に満たす環境は見出せなかった。というわけで、次のチャンス(不況)まで待つことにした。とりあえず来年に向けてのリサーチアイディアも幾つかみつくろったし、今やっている内容もあと2年くらいは楽しめそうなので、このまま突っ走ってみようかと思う。

最後になったけれど、これがEduardoから今年を締めくくるメッセージとして送られてきたゲーテの格言。言い得て妙とはよく言ったもの。今年はまさしくこの通りでしたね(;´Д`):

Whatever you think you can do, or dream you can do, begin it.
Boldness has a genius, a power and magic about it.
If you can do something bold, all of a sudden you are at a different plane.
It is important keep doing that.

-- Johann Wolfgang von Goethe


[オフィスからの夕焼け(携帯で撮ったので写真自体はいまいちだけれど、ほんとに綺麗な夕暮れ時だった)]

水曜日, 12月 23, 2009

行く年来る年 2009 (I. 日本帰郷)

今年もやっと行く年来る年を語る季節になりました!いろいろとありながらも、今年もこの季節を家族全員が無事に迎えられたことに感謝です。

さて、振り返るに今年の自分のテーマはどうやら『キャリア』と当然ながらマーケットの『Healing Process』であったように思う。正直学生の時から好きなことばかりを追いかけてきたので、リサーチトピック(興味の対象)はかなり真面目に取捨選択してきたつもりだったけれど、キャリアプランなんぞについてはこれまで考えたことがなかったわけで(;´Д`) ただ、さすがに金融業界を襲った昨今の大嵐の直撃を経て、せめて"キャリアプラン"の大枠だけでも準備しておかないと不味いと思った次第。結論だけ先に書くと、『次の不況が起こるまで、NYで頑張るぞ!!』ということにした。ちなみに、この結論をみてハァ(゜Д゜)?!そんなのキャリアプランでも何でもないよ!!と思ったそこの方、それは違う!これは実は僕と家族にとってはかなり大きな誓約(commitment)なのです!というのも、『次の不況が起こるまで』=『5年間程度は』、『NYで頑張るぞ!』=『たとえ首を切られても、転職しても、日本には帰らずNYで頑張るぞ!』ということなわけ。これはでかい。更に、マーケットの『Healing Process』についても、その中に本質的でかつ大きな変化の胎動が見え隠れしてきている。これまで30年以上に渡りマーケットを支配していた構造が変わろうとしている。これはブラックマンデー後に起こったequity put/call optionのvolatility quoteの分離やスマイルの発生並にでかい。

詳細は順を追ってこの行く年来る年シリーズ2009で取り上げることにして、閑話休題。実は12月の初旬に日本に一時帰郷して、いろいろな人達と話をする機会があった(お世話になった関係者の方々、有難うございました)。上に書いた通り、もう当分は日本で直接仕事をすることもないと思うけれど、久しぶりに仲間と話すのは本当に楽しいし、新しい繋がりの種もまけてきたように思う。とはいうものの、突然仕事がふってきて本来会う予定であった先輩方に会えずじまいとなる残念な思いもしたりと結構慌しく過ごしてしまい、結局のところ時間が足りなかった。だからというわけではないけれど、これからは日本に帰っても"一時帰国"ましてや"日本出張"などとは言わずに"帰郷"と表現することに決めた。もうこれからはこちらで働く際にも"出稼ぎ"或いは"留学"的な感覚は一切持たない決意だし、やはり日本は故郷なわけだからね。

[築地でのマグロの競り風景(外人向けの冷凍マグロの競りしか見れず、意気消沈してトボトボ歩いていたら途中で生マグロ達に遭遇!!)]
[8月に京都旅行に行った際に八坂の料理屋さんの2階から撮った中庭と、云わずと知れた貴船神社の表玄関]